俳句の作り方 青野の俳句
怒らぬから青野でしめる友の首 島津亮シマズリョウ
「青野」が夏の季語。
俳句の世界では5月6日ごろが立夏です。
もう夏の季語を使います。
怒らぬから青野でしめる友の首
この句はどういう状況なのでしょう?
「怒らぬから」のうしろが大幅に省略されています。
怒らないから本当のことを話してほしいと懇願して、
友人がその通り話したら島津が激怒してしまった。
「青野でしめる友の首」は作者の妄想でありフィクションです。
友人は何を話したのでょう。
ここからは私の想像です。
島津亮と友人は同性愛者と言ってもよいくらいの親密な仲でした。
だが、友人が裏切りました。
友人いわく「実は某と付き合っている」
その告白を聞いた島津は怒り心頭。
友人の首に手をかける衝動をかろうじて抑えました。
怒りが鎮まってから俳句をものにしたというわけです。
怒らぬから青野でしめる友の首
ところで島津亮シマズリョウは1918年生まれ2000年没。
香川県出身。
新興俳句運動の中心人物である西東三鬼サイトウサンキに師事しました。
この句は38歳のときの作品です。
「このころより、前衛俳句の傾向を強め、関西における前衛俳句運動の
中心の一人となっていった」 (ウィキペディアより引用)
島津亮のほかの作品を紹介します。
はつなつや肺は小さな森であり
肺は呼吸しています。森も呼吸しています。
私たちの胸には小さな森があるのです。
初夏の空気を胸いっぱい吸いましょう。
はつなつや肺は小さな森であり
島津亮の「はつなつや肺は小さな森であり」の句、感銘受けました。
有難う御座います。