俳句の作り方 蟬の俳句
子を殴ちしながき一瞬天の蟬 秋元不死男あきもとふじお
こをうちし ながきいっしゅん てんのせみ
蟬が夏の季語。
悪いことをした我が子の頬を打った。
打った瞬間の永遠のように感じられる時の長さ。
掌の熱い痛み。
寂しい悲しみにおそわれる不死男。
頭上から降り注ぐ蝉の声が、天の声のように響いている。
子を殴ちしながき一瞬天の蟬
秋元不死男の半生をご紹介します。
1901年横浜市生まれ。
1977年没。
不死男13歳のとき父が病没します。
幼少期は貧しかった。
保険会社入社後は同人誌に詩や短編小説を書いていました。
29歳のとき本格的に投句を始めます。
33歳の時、新興俳句運動に加わります。
40歳の時、新興俳句弾圧が始まります。
治安維持法違反の名目によるものでした。
『京大俳句』という同人誌がありました。
高浜虚子などの花鳥諷詠に対抗する新興俳句の砦でした。
反戦俳句も活発でした。
不死男は検挙され失職します
2年後にやっと釈放されました。
戦時下の投獄経験は、俳人として大きな転機をなしました。
獄中俳句を発表したのは不死男のみ。
俳壇に大きな感銘を与えました。
ここで獄中俳句を紹介します。
獄凍てぬ妻きてわれに礼をなす
ごくいてぬ つまきてわれに れいをなす
季語は「凍つ(いつ)」で冬。
投獄された夫に面会にきた妻。
まず一礼します。
投獄されても夫は夫。
敬いの気持ちから頭を下げたのでした。
不死男は意外に思いました。
こんな自分に頭を下げてくれる。
ありがたい、もったいない。
そして「私は大丈夫ですから、頑張ってください」という
優しい言葉に身の内が暖かくなるのでした。
獄凍てぬ妻きてわれに礼をなす
時々思うんですが、私の魂に衝撃を与えた俳人は、男性俳人より女性俳人の方が多かった気がします。例えば三橋鷹女、文挾夫佐恵、松本恭子等
男性も素晴らしい俳人はたくさんいますが、私の魂を揺さぶった俳人は女性の方が多いいです。
それはどうしてだろうと思う時があります。
いずれにせよ、男性にしろ、女性にしろ良い俳句を作れば良いとは思いますが、女性の方が才能のある人が多いいのかな。
時々思うんですが、私の魂に衝撃を与えた俳人は、男性俳人より女性俳人の方が多かった気がします。例えば三橋鷹女、文挾夫佐恵、松本恭子等
男性も素晴らしい俳人はたくさんいますが、私の魂を揺さぶった俳人は女性の方が多いいです。
それはどうしてだろうと思う時があります。
いずれにせよ、男性にしろ、女性にしろ良い俳句を作れば良いとは思いますが、女性の方が才能のある人が多いいのかな。