俳句の作り方 秋の水の俳句
秋水がゆくかなしみのやうにゆく 石田郷子いしだきょうこ
しゅうすいがいく かなしみの ようにいく
秋水が秋の季語。
「秋は河川・渓谷・湖沼の水が透明で美しい。
その曇りのないさまは、三尺の秋水といって研ぎ澄ました刀剣のたとえに使われる。」
(角川書店編 俳句歳時記 秋より)
この句で表現されている「秋水」はなだらかな平野を流れる川の水でしょう。
人の悲しみが流れていくということは、流れの速い渓谷の川ではありません。
流れのない湖沼でもありません。
ゆったりとした秋の川の水です。
句意を申し上げます。
秋の透明な川の水がいく。
悲しみがいつかは流れて消えていくように秋の川の美しい水が行く。
悲しみは消えていく。
悲しんだことすら忘れて・・・。
でも、その悲哀は透き通るほど美しい。
秋水がゆくかなしみのやうにゆく
石田郷子について。
1958年生まれ。東京都出身。
石田波郷が両親の師。
やさしい言葉で心情を素直に表現している作風。
郷子のほかの俳句をご紹介します。
思ふことかがやいてきし小鳥かな
おもうこと かがやいてきし ことりかな
小鳥が秋の季語。
句意を申し上げます。
小鳥が庭にやってきた。
小鳥を見ていると私の思っていることがだんだん輝いてきた。
さて、思いが輝くとはどういうことでしょうか。
それは、句作に対する希望と決意ではないでしょうか。
希望と決意を輝かせたのは他でもない小鳥なのです。
句作への情熱を感じる俳句です。
思ふことかがやいてきし小鳥かな