俳句の作り方 汗の俳句
今生の汗が消えゆくお母さん 古賀まり子 こがまりこ
こんじょうの あせがきえゆく おかあさん
汗が夏の季語。
「夏はじっと動かずにいても汗がにじむ。
運動や労働のあとにしたたる大粒の汗を『玉の汗』という。」
(俳句歳時記 夏 角川書店編)
今生の汗が消えゆくお母さん
今生の汗が消えゆくお母さん
句意を申し上げます。
今生とはこの世に生きている間を表します。
ですので句意はこの世に生きている間の汗が消えてゆく。
「お母さん!」(叫んでいます)
鑑賞してみましょう。
私のお母さんは、もう息を引き取ろうとしています。
徐々に汗が消えていっているのでよくわかるのです。
消えゆく汗をじっと見ていると、さまざまなことが思い出されます。
(筆者は母親を看取ったことがないのでここからは想像です。)
幼いころお母さんは男の人にたびたび会いに行ったので、何年もネグレクトされたこと。
ある時期を境に教育ママになったこと。
そんなことが汗を見ているとよみがえるのです。
そして辛い記憶と共に、後悔の念が生まれたのです。
なぜもっと会話しなかったのだろう。
口喧嘩でもいい、なぜもっと電話しなかったのだろう。
なぜ疎遠にしたまま放置したのだろう。
「私は1日3食食べたかったのに、お母さんは近所の小母さんたちの料理をあてにした。」
「男と駆け落ちするため、お母さんの妹に私を預けようとした。」
「火傷を負わされて苦しかった。」
「もっと愛してほしかったのに・・・。」
思いがほとばしります。
しかし、目の前のお母さんは答えません。
体を揺さぶってみましたが目を閉じたままです。
思わず「お母さん!」と叫びました。
今生の汗が消えゆくお母さん