俳句の作り方 秋麗の俳句

     父の死に母を抱きしむ秋麗  伊庭直子いばなおこ

    ちちのしに ははをだきしむ あきうらら

    この句は2023年1月号の『河』に掲載されました。

 

 

     秋麗が秋の季語。

    「秋晴れの眩しいほどの太陽に万物が輝くさまである。

    春の麗かを思わせ、次に来る季節である冬をふと忘れるような美しさを感じさせる。」

    (俳句歳時記 秋 角川書店編)

 

 

     句意を申し上げます。

    父が死にました。

    高齢の病死でした。

    病室には母と弟と私の3人いました。

    弟は事務手続きの書類を読んでいました。

    母は一人ぽっちでした。

    私は小さな声で「可哀そうなお母さん」と叫んで抱きました。

    すると母はしがみつくように両手を私の背中に回しました。

    私は胸がいっぱいになりました。

    外は秋晴れで太陽が木の葉を輝かせていました。

    父の死に母を抱きしむ秋麗

 

 

     秋麗と死は相性が良いように思います。

    雲一つない真っ青な空や陽気にはどこか空虚感が漂っています。

    親族が死ねばその空虚感はいや増すというものです。

    たとえばこんな句があります。

    秋麗の柩に凭れ眠りけり  藤田直子ふじたなおこ

    しゅうれいの ひつぎにもたれ ねむりけり

    秋晴れの万物の輝く日、私(作者)は疲れてしまって

    柩に体の重みを預けて眠ったことですよ。

 

 

     人には死にごろというものがあるようです。

    私の好きな河原枇杷男かわはらびわおは白桃の実るころが死にごろであると

    俳句に表現しています。

    私も死ぬときは秋麗の候がよいです。

    なぜなら魂がすみやかに天へ届くような気がしますから。

    氷雨降るころや台風の時節には死にたくないですね。

    あなた様はいつが良いですか?

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