俳句の作り方     泉の俳句

 膝ついて己消したる泉かな    長浜勤ながはまつとむ

ひざついて おのれけしたる いずみかな

 

 

 泉が夏の季語。

「地下水が湧き出てたたえられているところ。

湧き出る際のかすかな音が涼味をさそう。」

 (俳句歳時記 夏 角川書店編)

 膝ついて己消したる泉かな

 

 

 膝ついて己消したる泉かな

 

 

 句意を申し上げます。

膝をついて泉の水を飲もうとした時、まるで自分が消えてしまったように感じたことですよ。

 

 

 鑑賞してみましょう。

泉のほとりに膝をつくとき世界はさらに静まり返ります。

泉はただの水溜まりではありません。

古来より人の心を映す鏡として扱われてきた存在なのです。

泉が覗き込んだ者の顔を消すというのは、自然が人の«我≫をそっと拭い去る行為のように思えます。

 「己消したる」と言う表現には自分の顔が見えなくなったという事実以上の深い精神性が宿っています。

泉の清明さの前で、人の存在は限りなく儚い。

まるで霧のように幽かです。

 ところで膝をつくという動作はどこか祈りに似ていませんか?

自然の前に身を低くして静謐に身をゆだねる姿勢です。

その瞬間、泉は己を映すことをやめます。

それは自然が人に与える無心の境地への導きです。

 この句は自然の前で自我がふっと消える静かな幸福を描いています。

人が泉の清らかさに触れた時、ほんの一瞬、自分と言う存在から解き放たれるのです。

 膝ついて己消したる泉かな

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