俳句の作り方 糸瓜棚の俳句
死にたての死者でありけり糸瓜棚 正木ゆう子まさきゆうこ
しにたての ししゃでありけり へちまだな
糸瓜棚へちまだな が秋の季語。
「糸瓜はウリ科のツル性一年草で秋に実がなる。
熱帯アジア原産で17世紀に渡来した。
軒先に棚を設け日陰をつくりながら実をならすことが多い。
成熟した実からとりだした繊維質はたわしになる。
茎の切り口からとったヘチマ水は痰切や化粧水として用いる。」
(俳句歳時記 秋 角川書店編)
死にたての死者でありけり糸瓜棚
死にたての死者でありけり糸瓜棚
句意を申し上げます。
糸瓜棚はまことに今死んだばかりの死者そのものなのです。
鑑賞してみましょう。
私は庭の糸瓜棚をぼんやり見ていました。
秋の日差しの下で糸瓜が静かに垂れ下がっていました。
私は微笑みながら実をとる兄を思い出しました。
そして、兄は今しがた亡くなったばかりだと感じたのです。
兄が亡くなってから長い年月が過ぎています。
けれども私は今も兄を忘れていません。
糸瓜棚は兄の死の象徴です。
兄の死を抱え続けている私には、糸瓜棚そのものが兄に見えました。
兄は「実は毒なのにへちま水は薬になるなんて不思議だね」と言いました。
糸瓜棚をじっと見ていると胸が締め付けられます。
思い出してしまうのです。
まるで昨日のことのように。
死にたての死者でありけり糸瓜棚
糸瓜棚はまことに今死んだばかりの死者そのものなのです。
